根幹部分は正しい古事記と日本書紀

2017.02.05.Sun.03:32
某アクセスの多いサイトを見ていたら、原発問題や従軍慰捏造問題では、まともなことを書いていた池田某なる人が、仁徳天皇は西暦290~399年だから実在しないのは明らか、と書いていた。仮に年齢が間違っていたからといって、その人の実在をも否定するのはおかしいのではないのか。

かつて120歳まで生きていたとされ、ギネスブックにも載っていた泉重千代さんは、実は105歳で亡くなったというのが真相らしい。しかし泉重千代さんという人自体は、年齢が違っていただけで、実在していた人である。

魏志倭人伝に、倭人(日本人)は長寿で、100歳とか、80歳、90歳の人がざらにいる、という記述がある。これだけでは、意味がわかりずらいですよね。

実は、魏志倭人伝における倭人の風俗、習慣を描いた部分のネタ本に、魚豢(ぎょかん)の「魏略」(ぎりゃく)という本がある。この本は現存はしていないが、「三国志」に注釈を加えた宋の学者、裴松之(はいしょうし)が所々で「魏略」を引用して「三国志」の本文に書き加えているので、部分的にその内容がわかる。そして魏志倭人伝の一節の前に、裴松之は、こんなことを書き込んでいるのである。

倭人(日本人)は、四季をめぐる暦法を知らず、ただ春の耕作の始まりと、秋の収穫の時を数えて、年数にしているにすぎない。

つまり古代の日本人は、半年暦とか春秋暦とか言われているもので年齢を数えていたのである。

奈良時代の8世紀、古事記や日本書紀を編纂したころの日本は、今のように1年で1歳を数える暦になっていたので、当時の編者は古代天皇の年齢が異常に長いことを不思議に思っていただろう。しかし、記録を勝手に変えることなどをせずに、伝えられている原資料の通りに古代天皇の年齢を採録したのでる。

古代天皇の異常な長寿は、古事記や日本書紀が根幹部分で信用できる理由の1つなのである。

参考文献「古代天皇はなぜ殺されたのか」(八木荘司著、 角川書店2004)
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