岩倉具視の観光

2015.09.11.Fri.21:42
私が現在進行で読んでいる唯一の漫画は「風雲児たち」(みなもと太郎)である。みなもと太郎は創価学会で、漫画にも軽度のサヨクが混じるが、全体として面白い。大作である。この漫画はいわゆる幕末ものの漫画であるが、幕藩体制崩壊・明治維新の遠因は江戸幕府の成立にあるとして、関ヶ原の戦いから描き始めている。

まるで徳富蘇峰(とくとみそほう)の「近世日本国民史」の世界である。蘇峰は始め「明治天皇御宇史」を書くつもりだったが、明治を書くためには幕末を書かなければならない。幕末を書くためには徳川時代を知らねばならず、徳川時代を知るためには豊臣時代を知らねばならず、豊臣時代を知るためには信長を知らねばならず、こうやってさかのぼって建武の中興あたりが明治維新の遠因になるとした。だがそこから始めたのでは明治までたどり着かないから、信長の時代から書き始めたのだという。

今「風雲児たち 幕末編 26巻」で凄い悪人顔で描かれている岩倉具視が、公武合体(和宮降嫁)運動で大活躍している。私にとっては岩倉具視は500円札よりも「観光」のインパクトの方が高い。岩倉使節団の「米欧回覧実記」に岩倉具視の達筆で「観光」と書いてある。

観光の語源はものの本によると易経のなかの「観光之光、利用賓于王(国の光を観るは、もって王に賓たるによろし)」に由来するそうだが、一般的に使われるようになったのは明治以降のようである。江戸時代までは旅とか旅行(たびゆき)という言葉を使っていたようだ。八隅蘆庵(やすみろあん)の『旅行用心集』(1810年、現代語訳も出ている)も旅行であって観光ではない。ちなみに旅行用心集に旅立って2~3日は良く休んで足を痛めるな、足を痛めると旅の間中苦しむと書いてあるが、私はつい無理をしてしまう。

旅よりも観光の方が格調の高い意味で使っていたようだ。旅は国内で、観光は国外である。岩倉具視の「観光」の光は西洋文明の光であろう。幕末・明治の人にとって西洋文明は光だったのである。

今、西洋文明の光は弱くなったように思える。白人の本来の居住区は移民という外来種にすっかり侵食されてしまった。異民族が嫌いなのは生物として当たり前の感情である。自分たちの生存が脅かされるからである。欧州人はなぜ健全な警戒心を捨てたのか。欧米はリベラルに負けた。
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