札幌市原発活用都市宣言

2015.02.07.Sat.22:37
調べごとをしていて、古い資料(魅力都市さっぽろシティプロモート戦略 平成24年1月)を見ていたら暗い気分になった。

『まえがき
このシティプロモート戦略の策定にあたっては、特別な思いがありました。ちょうど1年間の内容検討が終わり、戦略の骨格案ができた頃、折しも2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。震災とそれに伴う原発事故は、世界の国や都市に、これからの人の生き方、暮らし方を問い直すことになりました。(中略)震災後に、私が行った脱原発依存も札幌が新たに選択した意志表明のひとつです。
平成24年1月 札幌市長 上田文雄』

原発稼働の可否については、池田信夫さん(この人は自分が理解したことを他人に説明する能力が高い人だ)らがネット上のコラムで大変わかりやすく説明しているが、私も少しだけ話をしたいと思います。

札幌市は、碁盤の目状に市街地が形成されている人造都市である。寒さ対策や雪対策が重要であり、他の都市も同じではあるが、特に電気をたくさん使わないと、快適な都市機能が維持できない。

泊原発は、現在発電機を止めているだけの状態である。発電機を回しても止めても危険度はまったく変わらない。原発稼働(発電機を動かすこと)が本当に危険ならば、反原発主義者が今札幌に住んでいるのはおかしい。

実は左翼の深層心理を解き明かすと、日本が原発を使いこなしているのが気に入らないのです。電化による快適社会は、本来、社会主義国のみが実現可能なはずであり、日本みたいな社会主義に至らない遅れた国が電化など出来るわけ無いはずだった。「電化を進めよ」なんていうプロパガンダアニメもあった。

この屈折した心理が、反原発運動の底流にあるのです。
「節電しています」「電気代が高くて生活に困る」「電気代が高くて生産が成り立たない」
電気が少なくて苦しむ日本に、左翼はたまらない快感を覚えるのです。
その証拠に、中国の核実験、原発、あるいはソ連の放射性廃棄物や原子炉の日本海への破棄に対して、彼らはまったく抗議をしない。
(参考過去ブログ「水道哲学と電気代」2014年9月20日)

先見力の達人である私が今話をしているわけだが、札幌市は脱原発宣言ではなく、北海道新聞がどんなにヒステリーを起こそうが原発活用都市宣言をすべきである。
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