雑学の首飾りをつける

2016.08.31.Wed.21:13
「20時間の法則」の提唱者による元の意味を詳しく知らないが、私は次のようにかみ砕いて理解している。

知識量は勉強量に正比例しない。勉強時間を増やしても、点数の上昇率は次第に逓減していく。1杯目のビールが一番うまくて、2杯目、3杯目とうまくなくなってくるという、ミクロ経済学でいう限界効用の概念と同じである。0から初めた新しいジャンルの勉強時間における、この"1杯目のビール"に該当する勉強時間が20時間である。

もちろん20時間勉強したところで、専門家には到底かなわない。しかし、まったく知らない人と20時間勉強した人との差は、20時間勉強した人と40時間勉強した人との差、100時間勉強した人と120時間勉強した人との差よりも大きい。限界効用が逓減しているのである。

20時間の勉強でもちょっとした話ができる程度の雑学を得ることになる。20時間ならば、たとえば平日の昼休みの30分、40日間かければ到達する。

雑学は直接的には何の役に立つのかわからないものがほとんどだが、それらをつなぎ合わせると、他のことに援用できる。洞察力が生まれる。

雑学が雑学を呼ぶ。これを私は"雑学の首飾りをつける"と呼んでいる。

適当癖は一生治らない

2016.08.13.Sat.22:54
どんな職業にも一定割合で変な人がいる。労力を最小限にして、クレームが来るか来ないかの下限の品質を狙って仕事をする。クレームが来なければ、ああ良かったなと。

10代の時に読んだ「ちっぽけな自分からの脱出」(佐藤正忠著、経済界1977)というB級自己啓発本にこんなことが書いてある。

著者の佐藤正忠氏は、敗戦直後の混乱期に父親を亡くし、大学に籍を置きながら、紙芝居や易者のアルバイトをし、自分の学費を自分で稼ぐのはもちろん、家族にも生活費を送っていたそうだ。地べたを這うような生活の中、心を支えたのが吉川英治の「宮本武蔵」で、本がクタクタになるまで読んだそうだ。


関ヶ原の戦いで敗走した武蔵は、落武者狩りにあって、沢庵宗彭に捕まってしまう(あくまでも小説の中での話だが)。
武蔵は沢庵和尚に「おれは今から生まれ直したい。もう一ぺん生きてみたい。後生だ、助けてくれ」という。
しかし沢庵は断固として許さない。
「何事もやり直しができないのが人生だ。世の中のこと、すべてが真剣勝負だ。不憫だがその縄は解いてはやれん。せめて念仏でも唱えて、生死の境を噛みしめておくがよい。」

戦場で切られたら終わりである。たまたま体調が悪かったのかもしれないし、ちょっと運が悪かったのかもしれない。でも戦場で切られたら終わりである。

低いクオリティでしか仕事が出来ないのは、適当癖がついているからである。
私に言わせれば適当癖は一生治らない。

人生は真剣勝負。
冗談も必要だろうが、それ以上に仕事に対する真摯さがなければならない。