伝統世界の反撃

2015.12.06.Sun.23:10
現在の国際情勢を単純化すると、イスラムや中華帝国、ロシアがリベラルな欧米や日本に襲いかかっている状態であるといえる。イスラムはかつては先進地域であった。数学、医学、化学、哲学、建築等何もかも、他地域を圧倒していた。イスラム帝国、特にアッバース朝が世界史の基盤を築いたのである。またロシアは広義のイスラムであり広義のモンゴルである。当記事ではイスラム、中華帝国、ロシアを伝統世界と呼んでおく。

欧米や、欧米に学んだ日本の政治システムは圧倒的な国力と人種差別を前提としており、グローバルな時代になるとその欠点が露呈する状況となっている。

地方分権というのは、鎖国しない限り正常に機能しないのではないのか。日本も江戸時代は幕末の混乱期を除き、幕藩体制がうまく機能していた。外国の干渉が無かったからである。地方分権とは恐ろしいシステムである。中央政府の支配が及ばない分だけ、外国が地方分権を隠れ蓑にしてその国を支配する可能性がある。

若いころから三権分立はいいことであると刷り込まれているが、司法を外国が支配したら、行政立法を支配することも可能である。異常判決が乱発されても三権分立である以上、行政立法は手が出ない。畢竟(ひっきょう)鎖国しないと三権分立も正常に機能しないのではないのか。

選挙制度はいいことだと、子供のころから刷り込まれているが、帰化人に簡単に選挙権を与えると、本国と連絡を取り合い、その国を支配することも可能になるのではないのか。選挙権というものは、本人は当然として、お父さんも、おじいちゃんも、ひいおじいちゃんもその国に貢献していなければ与えてはいけないものである。

我々は、先進国とは誉め殺し用語であり、三権分立、選挙制度、地方分権は欠点が多い制度だということを知らなければならない。

エマーソン

2015.12.06.Sun.17:19
ジョセフ・マーフィーらに強い影響を与えたラルフ・ワルド・エマーソンは、アカデミックな哲学とは異なる、一般大衆のためのポップ・フィロソフィーの元祖の一人である。いわゆる市井の哲学者である。

エマーソンは、若いころ大変な読書家で勉強家であったのだが、自分はジョン・ロックやサミュエル・クラーク、デイヴィッド・ヒュームのような緻密な論理構成ができる"推論機械"にはなれないと悟り、論理を捨てて直感を重視するようになっていく。今風に言うと、一流大学に入るほどの勉強家ではあるが、一流の研究者になるほどではなかったというところか。

一方で、バイブルをあくまでも文献的に解釈する"高等批判"の影響を受けている。エマーソンは文献研究をして、教会で重視されていた聖餐式(最後の晩餐にならった儀式)を、単なるユダヤ教のしきたりで、すべてのユダヤの家庭で行っていたものであり、教会がそんなものをする必要がないと主張した。こうしてどんどん無協会主義に近づいていくことになる。エマーソンは、精緻な論理構成は苦手だが、世論に惑わされずに正誤が判別できる合理主義者であった。

エマーソンは、膨大な日記を書いている。日記のテーマは「今日は何を考えたか」ただそれだけである。彼の日記は彼のソウル・サーチング(内省)の記録である。もしもエマーソンが現代に生きていたら、毎日のようにブログを書いているのではないだろうか。

時間があるときに色々なブログを見ると、本には無い魅力がある。ブログにはそのブロガーのソウル・サーチング(内省)の記録が書かれているのである。


(参考文献)
「エマソン 運命を味方にする人生論」(渡部昇一著、致知出版社2013)

生涯学習

2015.12.04.Fri.22:25
ネット上で、高校生らしき人の保守思想を学びたいがどこの大学に行ったらいいでしょうか、みたいな質問を見たことがある。地政学を学びたいがどこの大学に行けばいいだろうか、みたいな質問もあった。そのような大学は、無い。今の日本で特殊なジャンルについて学ぼうとするならば、自分の独学力を高めるしかない。

私は独学率が高い人である。硬い椅子に長く座っていたり、人の話を長時間聞くことがとても苦手で、生きていくためには独学力を高めるしかなかった。

各種の試験に合格するための知識や、現在の広くて浅い教養に関して、人に教えてもらったり、講義を聞いて覚えたことももちろんあるが、自分で本を読んで覚えた割合の方が圧倒的に高い。文系の強みとして、独学力が高ければ、あまり金をかけずに結構いい線まで行けるという事が挙げられる。私の場合、唯一の例外はcadだった。あれは本で覚えるよりも熟練者に手取り足取り教えてもらった方が早い。cadは理系の範疇である。

欧米の会社は企業内教育をあまりしないので、働きながら大学や大学院に行くリカレント教育が重視されている。また欧米は日本以上の学歴社会であるため、ハクをつけるのも重要なことであろう。

経営学みたいな教育プログラムが確立されているジャンルならば、学校にいって勉強するのもいいのかもしれない。しかし、専門的なことになればなるほど教えてくれる人が少なくなるし、逆に広くて浅い知識など、金と時間がもったいないし、いちいち学校にまで行って覚えていられない。

日本においては独学力を高めることがリカレント教育となるのである。