渡部昇一先生逝去

2017.04.18.Tue.18:25
私は中学生のころから渡部昇一先生の本を読んでいたせいか、左翼思想に惹かれたことは一度もない。最近保守思想に覚醒しました、みたいな人がいろいろと出てきたが、私は初めから覚醒している。

約40年前から南京大虐殺が無かったことを知っていたのは渡部昇一先生の本のおかげである。

渡部昇一先生が大島淳一のペンネームで書かれたマーフィー本には、多大な影響を受けた。いいことを思えばいいことが起こり、悪いことを思えば悪いことが起きる。私の根底にあるのは光明思想である。

渡部昇一先生に日本の完全独立を見ていただきたかった。謹んでご冥福をお祈りします。

(参考過去ブログ)
「エマーソン 2015-12-06」
「渡部昇一評論4部作 2015-04-10」

二流以上と三流の分かれ目

2017.03.26.Sun.21:05
地代や家賃の係争案件で、他人の評価書を見ることがあるが、賃貸事例比較法を適用していない評価書が散見される。読んでみると規範性のある賃貸事例がないので賃貸事例比較法は適用できないと書いてある。

しかし利回り法やスライド法の説明では従前賃料が高いとか安いとか書いている。なぜ従前賃料が高いとか、安いとか思うのだろうか。それは自分で妥当だと思う賃料水準があるからである。その妥当と考える賃料水準の出どころは、畢竟(ひっきょう)賃貸事例なのである。

その鑑定士は20年に一度しか取引が無いような小規模集落の土地価格を求めるときに、土地の取引事例比較法は適用しないのだろうか。おそらく適用すると思う。他の小規模集落の取引を使ったり、古い事例を使ったり、あるいは大きな地域格差がつくが、市街部の取引を使ったりして適用すると思う。

その町に一棟しかなく、しかも過去に取引が無いマンションの一室を評価するときに、取引事例比較法は適用しないのだろうか。おそらく適用すると思う。遠くても他の市のマンション取引の事例を使って比準すると思う。

鑑定士の中には事務所や住宅はともかく、継続地代や店舗の賃貸事例比較法はやらない方がいいと言う人もいる。理由を聞くと、事情が複雑で比較できない、昔研修でそう習った(私はその真偽の確認はしていない)、大手の鑑定機関もそうしている(同じくその真偽の確認はしていない)からだそうだ。

事情が複雑なのは、土地の取引も同じである。賃貸事例比較法はやるべきではないという考えは、私には理解不能である。たとえ試算賃料としての精度が落ちても、検証の意味も含めて、適用可能な手法を積極的に使ってみるのは、悪いことではなく、いいことなのである。積算賃料も、収益賃料も、差額配分法も、利回り法も、スライド法も適正な賃料を目指しているが、他の手法と補完しあって初めてその試算賃料の性質が分かってくる。

私も賃貸事例比較法を適用しないことはある。この物件は特殊で、他の物件と比較の対象にはならないという場合もある。ただ適用出来ませんのハードルが二流以上と三流では大きく異なるのである。

成長角度

2017.03.23.Thu.22:54
以前、東レの佐々木常夫氏がプレジデントで、「人のキャリアは35歳で決まる。人生観、仕事の進め方、余暇のすごし方、人とのコミュニケーションの取り方、いろいろなもので構成される「成長角度」が35歳で決まってしまい、その時点で角度が大きい人は後になっても小さい人に追い抜かれることはない。」
「しかし最近わかったが、これは万全の法則ではない。40代後半から50代前半にかけて伸びる人もいる。ちょっと融通は利かないけれど、人生や仕事に対するひたむきさを持っている人である。そういう人は50代、60代になっても伸びていく。」と言っていた。

人はそれぞれ、固有の成長角度を持っている。成長角度が大きい人は、x軸の数値を伸ばすほど、y軸が大きくなる。努力するだけ、上に行く。成長角度が小さい人は、努力しても上に行けない。というか努力することさえもできない。

今思えば、成長角度を大きくするには、若い頃の心がけが重要である。人生何が役に立つかわからない。興味の幅を広げておく。時間がないから葉っぱまでは付けられないが、枝だけは伸ばしておく。

ユングは人生の後半に真の個性化があると言った。私の成長角度は今以上上がらないが、伸ばした興味の枝にもう少し葉をつけてみようと思う。

後継者を育てるのが難しい

2017.03.16.Thu.22:48
よく二代目はボンクラが多くでダメだという。たしかにそうなのかもしれないが、創業者は攻めの経営は知っているが、守りの経営、組織ができてしまった状態からの経営、を知らないことが多々ある。そして二代目は創業者から学んだ攻めの経営が通用しないのである。創業の能力者は必ずしも守成の能力者ではない。

「創業と守成いずれが難きや」
山本七平の「帝王学 [貞観政要]の読み方」(日本経済新聞社1983)という本がある。貞観政要とは、徳川家康や北条政子も愛読した、唐の第2代皇帝太宗と臣下たちの問答集である。

新しい王朝は、必ず前代の失政、混乱の後を受けて出てくるので、人々は新しい支配者を受け入れる。しかし一旦支配者になると驕りが出て、また失政、混乱を引き起こす。国の衰亡はつねにこれによって起こる。

創業の苦労は陽性なものであり、頂上を目指す登山に似た点がある。到達すべき目標がはっきりしており、危険はあるもののそれを克服していく喜びもある。しかし山頂を極めても事業は終わらない。

安倍内閣が長期政権なのは、人々の脳裏におぞましい民主党政権時代の恐怖の記憶が残っているからである。しかし安倍首相もいつか辞める日が来る。

攻めと守り、どちらが難しいのか。始皇帝もアレキサンダー大王も、本人たちはそれどころではなかったのだろうが、前例のないことをやった先駆者としてのうかつさもあるだろうか、後継者を育てていない。あっという間に帝国は瓦解してしまった。

後継者を育ててリーダーシップが完成する。日本の場合、安倍首相の後継者が見当たらないのが心配である。

根幹部分は正しい古事記と日本書紀

2017.02.05.Sun.03:32
某アクセスの多いサイトを見ていたら、原発問題や従軍慰捏造問題では、まともなことを書いていた池田某なる人が、仁徳天皇は西暦290~399年だから実在しないのは明らか、と書いていた。仮に年齢が間違っていたからといって、その人の実在をも否定するのはおかしいのではないのか。

かつて120歳まで生きていたとされ、ギネスブックにも載っていた泉重千代さんは、実は105歳で亡くなったというのが真相らしい。しかし泉重千代さんという人自体は、年齢が違っていただけで、実在していた人である。

魏志倭人伝に、倭人(日本人)は長寿で、100歳とか、80歳、90歳の人がざらにいる、という記述がある。これだけでは、意味がわかりずらいですよね。

実は、魏志倭人伝における倭人の風俗、習慣を描いた部分のネタ本に、魚豢(ぎょかん)の「魏略」(ぎりゃく)という本がある。この本は現存はしていないが、「三国志」に注釈を加えた宋の学者、裴松之(はいしょうし)が所々で「魏略」を引用して「三国志」の本文に書き加えているので、部分的にその内容がわかる。そして魏志倭人伝の一節の前に、裴松之は、こんなことを書き込んでいるのである。

倭人(日本人)は、四季をめぐる暦法を知らず、ただ春の耕作の始まりと、秋の収穫の時を数えて、年数にしているにすぎない。

つまり古代の日本人は、半年暦とか春秋暦とか言われているもので年齢を数えていたのである。

奈良時代の8世紀、古事記や日本書紀を編纂したころの日本は、今のように1年で1歳を数える暦になっていたので、当時の編者は古代天皇の年齢が異常に長いことを不思議に思っていただろう。しかし、記録を勝手に変えることなどをせずに、伝えられている原資料の通りに古代天皇の年齢を採録したのでる。

古代天皇の異常な長寿は、古事記や日本書紀が根幹部分で信用できる理由の1つなのである。

参考文献「古代天皇はなぜ殺されたのか」(八木荘司著、 角川書店2004)